Diary

別れの序章 〜新しい出逢いを求めて〜


ついに別れの時がきた。 君たちと私の新しい出発の時でもある。 この時にあたり、多くは語らない。 君たちを もうしかることはない。 6年2組の教育は終了されたのだ。
いろんなことで君たちをしかった。
つるむな。 低いところで落ち着くな。 世の中にはもっと上がある。 「井の中の蛙 大海を知らず」ではダメだ。 前を見ろ。 下を見るんじゃない。 やろうと思わないからできないんだ。自分をいい加減にするな。 できないと決めるのは自分だ。 最初から自分に負けてどうする。 できない奴ほどよくほえる。 真面目にやっている奴に対して いつも決まってねたみをいう。 いい加減な奴に限って 真面目にやっている奴を笑う。 自分のことを知らないということは愚かなことだ。 まちがえることが悪いんじゃない。 まちがえそうになる自分を怖がるのが悪いんだ。 人間簡単に死んだりはしない。とにかくやってみろ。 あたって砕けろだ。 砕けたら そこで考えればいい。 砕ける前に逃げてどうする。 思い上がっているんだ。 思い上がっているからそんなことが言えるんだ。 おれに向かってそれを言ってみろ。言えるか。言えないだろう。 おまえが思い上がっているからそんなことを言うんだ。 おまえはその程度の人間か。違うだろ。 練習したか。してないだろ。 練習もせずにうまくできるはずなんかあるわけがない。 つらいことを逃げて、外面だけよくしようなんて偽物だ。 偽物はすぐにばれる。 中身が詰まってないからだ。 自分に負けるな。自分をごまかすな。 自分自身をコントロールしろ。 君たちは才能のカタマリだ。 しかし その才能を生かすのも殺すのも君たち次第だ。 DNAのスイッチを入れられるのは、君たちのやる気だけだ。 才能が出せないのなら ないのと同じだ。 自分を出せ。 そのために汗を出せ。声も出せ。 聞こえないあいさつはしていないのと同じだ。 聞こえるように声を出せ。伝える努力をするんだ。 今出さないで 何時出すんだ。 君たちのやる気はこんなものか。 おれはいつでも本気だ。 徹底的にやる気だ。いい加減は許しはしない。 おれは言ったことはだいたいやる。 本気でかかってこい。 こんなことを言うことも もうない。 しかし、こうやってしかられているときの緊張感を思い出してほしい。 そして 目の前をしっかり見据えて 歩いていってほしい。 あこがれを持って、それに向かって歩いていってほしい。 いつか君たちにあったら 6の2の話はやめよう。 それよりも 君たちのその時の話をしよう。 私にたくさんの話ができるような人生を創れ。 そうなることを心から願う。 すばらしい 6の2の友人たちよ。 出立の時だ。 いつか どこかで また・・・・・・・ <保護者の皆様へ> 全力で6の2の教育にあたりました。 しかし 力及ばなかったことを悔いております。 本日 大切なお子さんをお返しいたします。 小学校での楽しい思い出を  全て忘れさせるようなすばらしい未来がそこに待っています。 卒業おめでとうございます。 3月19日  卒業
吉松先生 とても素敵な先生でした 裕は 5年6年と2年間 先生と一緒の時間を過ごすことができました 先生の影響力は本当に大きいです 裕は 自分の考えをしっかりもった とても素直ないい子になってます 先生の叱咤激励のお陰で 引っ込み思案の できれば誰かが・・・・・の考えも 少しずつ積極性をもってくれるようになったと思います 6年生は最後の個人懇談もなく 個人的に子供のことを話す機会がないんだけど たまたま 脩の個人懇談の日 お会いして じっくり 裕の話ができたこと  本当によかったです 裕は 反抗期もあってか こちらが言えば言うほど かたくなにやらない!の態度にでます 「できる!」 「わかってる!」 「やってる!」 この うぬぼれの考えが 大きな落とし穴になってること 本人はなかなか認められないようでした 先生に きっちり指摘され 指導されたこと  中学に入る前に そのことに気付けたこと  本当によかったと思います。 先生が 萩の中で異動されるのなら いつかどこかで・・・とも思えるのですが 山口市に異動になられ もう 会えないのかなぁ と思うと とても寂しい気持ちです 裕も 春休み 何度か 先生とのお別れのシーンの夢を見て号泣したそうです ぜひ また どこかで お会いできることを信じて・・・・・・ 本当にお世話になりました

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