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松陰神社・東光寺周辺



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東光寺
 総門

 三門

 大雄宝殿

元禄4年(1691年)、萩藩3代藩主・毛利吉就が建立した黄檗宗の名刹。大照院と並んで毛利家の菩提寺で、本堂裏の毛利家墓所は国指定の史跡。吉就から11代までの奇数代の藩主とその夫人、近親者の墓があり、墓前には藩士が寄進した500余基の石灯籠が立ち並ぶ。文化年間(1804年〜18年)の最盛期には全山40棟を数えたといい、総門、三門、鐘楼、大雄宝殿はいずれも国の重要文化財に指定されている。周囲には杉・桧の大樹が生い茂る。


松下村塾
木造瓦葺き平屋建ての50平方メートルほどの小舎で、8畳一室と、後に吉田松陰が増築した4畳半一室、3畳二室、土間一坪、中二階付きの部分から成る。もともと叔父の玉木文之進が天保13年(1842)に自宅で私塾を開いていたのが始まりで、ついで久保五郎左衛門が継承し教育にあたった。安政4年(1857)、28歳の松陰がこれを継ぎ、塾を主宰することになった。松陰は、身分や階級にとらわれずに門下生として受け入れ、わずか2年半の間ではあったが、久坂玄端、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋、山田顕義、品川弥二郎ら、明治維新の原動力となり、明治新政府に活躍した多くの逸材を育てた。国の史跡に指定されている。


松陰神社
松本橋の東方に鎮座。吉田松陰を祀る。旧県杜。
明治23年(1890)当地の松陰の実家杉家の邸宅内に祀ったのに始まり、同40年社殿を創建。
松陰閑係の著書・肖像画・書簡などを蔵する。

境内5745坪の中に松陰の門下生を祀る松門神社や松下村塾・松陰幽囚旧宅がある。



吉田松陰の石碑
解説:
尊王の大義を唱え、国事の奔走した松陰先生の言動が当時の幕府を刺激し、いわゆる安政の大獄に連座して、江戸伝馬町の獄に投ぜられた。
いよいよ処刑を覚悟した松陰先生が安政6年(1859年)10月20日、郷里の両親達に書き送った便りの中にある永訣の一首である。享年29歳。
まことに親を思う孝子の至情の表れであり、断腸血涙の絶唱である。




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