柳美里 朗読会&ワークショップ レポート
多目的ホールLaValseオープニングイベント第二弾として芥川賞作家の
柳美里さんを招いて朗読会&ワークショップを行いました。
朗読会
朗読会前半では柳美里さんが著作の一部分を朗読。昼と夜で二回の朗読会を行いましたが、
各会朗読は違うものを選択しました。
T部「静物画」(WMV形式4.77MB)
U部「家族シネマ」(WMV形式4.24MB)
(作品名をクリックして頂くと朗読の一部分がご覧になれます)
朗読会後半は両会コメンテーターとして来て頂いた広島在住の大学院生谷川充美さんと柳美里さん
との対談(過去に人前での対談は、つかこうへいさん、筑紫哲也さんだけで、谷川さんは三人目)
を行いました。
その後お客さんからの質問の時間、最後にサイン会で終了です。
当日のコメンテーター谷川充美さんのレポート
第一部 朗読:戯曲「静物画」
五つの少女が窓から教室を覗いている。
魚子 そこにいるんでしょ、わかってるわよ。
あなたと最初に出逢ったのは五つのころだったわね。
わたしは原っぱで蝶々を追いかけてたわ。
黄色い蝶々。
蝶々は白粉花の上をひらひらしてたわ。
風が吹いていたのに、白粉花の花びらはちっとも揺れていなかった。
あなたは、わたしのうしろで影のように黄色い蝶々をじっと見詰めていたわ。
わたしもあなたがいるのはわかっていたんだけれど、振り返らずに、じっと蝶々を見詰めていたわ。
お豆腐屋の笛の音が遠くで聞こえていたわ。
電信柱が真っ赤な夕焼け空にくっきりして、そろそろ帰るころだったから、
あなたにさようならをいおうと思って……
振り返ると……あなたはもういなかったわ。
わたし、あなたのこと、だれにもいわなかったわよ。
十二歳の夏休み、遠くの湖に行ったときも、あなたはわたしを見ていたわね。
森のなかであなたは蛍のようにしゃがんでわたしのほうを見ていたわ。
どうして?どうして、あなたはいつもわたしだけを見詰めていたのか、
わたし、わからなかったわ。
(沈黙)
でもいまわかったわ……あなたはわたしを選んだのね。
「静物画」(而立書房、91・11)は、柳美里の初めての著作である。
作品全体を覆う水々しい少女たちの感性。それはあまりにも不確かで、掴みどころがない。それはまるで「現実」から、「生」から浮いてしまっているような印象さえ受ける。
19歳の柳美里の「物語」を、35歳の柳美里が「物語る」。
司会者の挨拶と紹介の後、唐突に始まった柳の朗読。静かに始まったその物語りは、場内の空気を凝縮し、観客たちの視線を、その唇に、その声に、集中させた。
柳の唇から発せられる声の中で、少女たちは「遺書」を書く。
あるものは、「老い」たくないから。
あるものは、「勇敢」だったあの頃に戻りたくて。
そして、選ばれた「わたし」は行く。「林檎の花の枝を握って」あの「水のなか」へと。
約20分ほどの朗読を終えた後に行われた、旧柳美里ファンサイトで知り合った学生との対談の中で教室を覗く少女が話題になった。
水の中から頭だけを出して覗く少女。教室の中から少女に応える魚子。
彼女たちは「窓」を通して会話をする。水の中と教室との境目で。
それはあまりにも危うい距離のようにも思われる。
手をさし伸ばせば届いてしまうような。引っ張られればそのまま連れて行かれてしまうような。
奇しくも朗読会の十日前、TVでは映画『命』が放映されていた。
窓から降りしきる雪を眺める東由多加の姿は、そのまま魚子の姿に重なりはしないだろうか。
窓。それは「生」からも、「死」からも、もっとも遠く、もっとも近いところ。
しかし、柳は言った。
断崖で落ちようとする人の手を握っているとき、落ちまいとして足を踏ん張る。
少なくとも、その間はしっかりと現実を、生を踏みしめているのだと。
対談の後の質疑応答では、やはり「8月の果て」の行方に質問が集中した。
それに対して柳は、「書けないでいる」と答えた。
「書く」ことで生きているものが、「書けない」でいるということ。
その答えは「書く」ことで生きてみなければわからないことかもしれない。
演劇ワークショップ
ワークショップでは、柳美里さんが青春五月党を主宰していた時に公演されたことのある
「春の消息」という戯曲を使用し、5時間かけて演技指導、キャスト選出、演出をしました。
まずは自己紹介として名前、年齢、芸暦等を聞いた後、本性が隠せないということでホール
備え付けのカラオケを使用して一曲ずつ歌わせられるシーンもありました。
次に戯曲を三人一組のグループ分けで読みます。
その次は中央に椅子を置き、その椅子の周りでいろいろな世界を作ります。
一人一人柳美里さんに呼ばれ色々な役割をもらい、井戸端会議に始まり、異性を口説いたり、
政治の話をしてみたり、同性愛に走ってみたり、一人の人にイタズラをみんなでしてみたり、
目の前の人をひたすら罵ったり、誉めたり、嫌いになったり、好きになったり、各自が役割
だけで芝居するようになります。
ここでキャストは決まりました。あとは演出です。
数時間で戯曲を覚える事はさすがに出来ませんので、科白は戯曲を持ったまま読みます。
読む途中で柳美里さんの演出が入り、科白を自分の見解で自分の言葉に変えてもいいからというシーンもありました。
役を作るのではなく、自分の中にある役を出すために・・・
こうして当日集まったメンバーの「春の消息」が出来上がりました。