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禅 第75話  良鐘和尚の大悟
 
 今回は白岩和尚のお弟子である英山良鐘和尚(当山一四世)の大悟について考えます。『歴住伝譜』には次のようにあります。 

 会、白岩禅師に見ゆ。即ち問う、「如何なるか是 れ衲衣下の事」。
 岩(白岩)、即ち打つ。
 師(良鐘)、 擬議す(ためらう)。
 岩、又た打つ。
 師、此に於いて 旨を得、服勤(服し勤める)すること久し。

これによれば、良鐘和尚は質問するや打たれ、もじもじしているともう一度打たれ、その時、悟ったということになりますが、さて、どう考えたらよいのでしょうか。途方に暮れます。

良鐘和尚は住職となった後、能登総持寺(妙高庵)に一年間輪住をされていますが、翌年帰山された折、修行僧たちに示された言葉の中に
 「帰り来って始て知る旧面皮」
 (帰山して初めて自分が如何に図々しい人間であったかが解った)
というのがあります。即ち、良鐘和尚という方はご自分を図々しい人間であると反省される方であるということです。

これをヒントにすれば、良鐘和尚が「如何なるか是れ衲衣下の事」(禅僧たるものの本来のあり方とはどのようですか)と質問して打たれた時、図々しい質問をしたと反省されたのではないでしょうか。

本了和尚の賛には
 「棒下に痛痒を知る、曽て塩漿を闕かさず」
とあります。これを現代語訳するとすれば、
 「棒で打たれた痛みを自らの図々しさへの警告と知り、高慢さを抑える力と感謝の 念を培うことができ、お蔭で塩と味噌には不自由しない人並みの生活、すなわち 、禅僧として普通にやっていくことができるようになっている。何と有り難いことで あろうか」
となりましょうか。

 しかしながら、ここで立ち止まって考えてみますと、打たれたことをそのまま自己反省の方向に向けるとは限らないのではないでしょうか。むっとする方向に向けることだってありうると思うのです。

良鐘和尚がそこを自己反省の方向に向けることができたのは、やはり何かがなければならないと考えるべきでしょう。

そこで再度、本了和尚の賛に目を向けますと、
 「円蒲もて曲木に倚り、兀坐して商量を絶す」
とあります。つたない現代語訳をご披露いたしますと、
 「坐蒲をもって住持人が坐禅する椅子に坐り、微動もせずに坐って問答商量を超 越する坐禅に徹した」
となりましょうか。

良鐘和尚は徹底して坐禅をされた方であることが判ります。坐禅によって心を空にしている、或いは、柔らかくしているが故に、受け入れる力を養っておられたということでしょう。(令和二年四月)