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禅 第65話  耕月和尚の大悟

 今回は唄庵禅師のお弟子である耕月永久和尚(当山四世)の大悟(悟り)を考えます。その様子が『總源山歴住伝譜』に次のようにあります。

 唄庵禅師「昨日は炎熱にして、今日は微涼なり。月を耕し雲に鉤け、古往より今に来たる。鼻孔、気を 通ずること、此土と西天と」。
 (耕月)、此に於いて頓悟(直ちに悟る)す。

これも誠に難解ですが、耕月和尚の道号「耕月」からすると、「月を耕し雲に鉤け」を重視すべきでしょう。

禅では農作業(作務)を修行ととらえて大切にし、農夫が月が出るまで労務に励む姿を一般に「耕雲種月」と表現します。

道元禅師にも「釣月耕雲暮古風」(月に釣け雲に耕し古風を慕う)(『永平広録』巻十、山居の偈)という言葉があります。

ところで、当山の『總源山歴住伝譜』には立伝される方々の悟りを讃えた本了和尚の賛があります。耕月禅師伝の場合の賛は次のようです。

 炎暑到らざるの地 月を耕し雲半間 
 鉤頭深潭の意  虚舟夜に間々

前半は耕月和尚の機縁であり、後半は夾山善会禅師の機縁の言葉です。

夾山禅師を悟りに導いた船子徳誠禅師は導き終わった後、「汝今、已に得たり。向後、 城隍・聚落(城中や人里)に住することなかれ。(中略)深山钁頭の辺に向いて(深い山中、田を耕し畑を鋤くところにおいて)、一箇半箇を接取(一人でも半人でも説得)して、吾が宗を嗣続し、断絶せしむることなかれ」と諭しています。

唄庵禅師の説法にはこのような夾山禅師と船子禅師の機縁の話があったのではないでしょうか。そうだとしますと、「鉤頭深潭の意」の中身が問題です。それを道元禅師の『永平広録』巻八で示しますと「糸を垂るること千尺、意は深潭にあり。鉤を離れて三寸、子、何ぞ道わざる」とあります。

これは釣りにたとえた船子禅師の言葉です。水面上は現実の迷いの世界です。水面下、千尺の深淵に悟りの世界があります。そこは言葉を超越した世界です。それを言え、言えと船子禅師ははやし立てます。

夾山禅師が言おうと口を開けかけると、船子禅師は棒で打ちのめします。そんな場面が何回かあって、夾山禅師はやっと言い得ます。そのこと自体が「鉤を離れて三寸」(悟りから現実に三寸戻った処)でしょう。

牢関を通過した夾山禅師が現実世界で活きるべき姿を船子禅師は「深山钁頭の辺に向いて、云々」と諭しました。

唄庵禅師の説法で大悟された耕月和尚も悟後の姿を深い山中で田を耕し畑を鋤く処に見られたが故に、自ら「耕月」と号されたものと思われます。 (令和元年六月)