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なるほど法話 海 潮 音      


社会 第23話  新首相の座右の銘    

 9月26日、第90代、57人目の安倍晋三新首相が誕生しました。山口県が産んだ8人目の首相です。

この日に先立つこと1〜2週間前、まだ自民党総裁選の最中、「毎日新聞」に安倍晋三候補の「履歴書」なるものが載り、そこには「座右の銘」として「至誠にして動かざる者未だ之れ有らざるなり(孟子)」とありました。

これは孟子の言葉ですが、この言葉を自分の思想・信条の根幹となしたのは吉田松陰先生です。

恐らく安倍さんも松陰先生を念頭においてこの言葉を座右の銘とされたものと思います。

松陰先生は刑死の年に当る安政6年の5月に、小田村伊之助(松陰先生の義弟、のち楫取素彦と改名)に与えた書の中で「至誠にして動かざる者未だ之れ有らざるなり。吾れ学問二十年、齢亦而立なり。然れども未だ能く斯の一語を解する能はず。今茲に関左の行、願わくは身を以て之れを験さん。云々」と述べています。

試訳してみますと「誠を尽くして動かしえないものはこの世には存在しない、と『孟子』にあります。私は学問をはじめて二十年になり、年も三十歳になります。その間、自らの至誠の限りを尽くしてきたつもりですが、あらゆることが失敗に終わってしまいました。そこでこの孟子の言葉をどうしても心の底から納得できたとは思われないのです。今回の江戸行きは、この孟子の言葉が偽りなのか、それとも私の至誠が足りないのか、体を張って試してみるつもりです」となりましょうか。

松陰先生は安政6年の幕府からの呼び出しの機会を使って、自分が孟子の言葉の真偽を定めるための被験者となり、命を賭けて誠を尽くし幕吏の考えを勤皇の方向へ方向転換させることができるかどうか試してみようとの意気込みだったようです。

『留魂録』にも「一白綿布を求めて、孟子の「至誠にして動かざる者未だ之れ有らざるなり」の一句を書し、手巾へ縫ひ付け携へて江戸に来り」とあって、松陰先生のこの一句に対する思いのほどが知られます。

松陰先生は結局、処刑され、幕吏を動かすことはできませんでしたが、「身はたとひ武蔵の野辺に朽ぬとも留置まし大和魂」と歌われたように、その後の門下生たちを大いに動かし明治維新を迎えました。至誠は人を動かしたのです。

この松陰先生の言葉ともとれる孟子の一句を座右の銘とした安倍晋三新首相に望むことは、松陰先生がただただ日本という国を諸外国から護りたいという一念で誠を尽くしたように、派閥や地元ではなく「日本国」の発想をもって、誠を尽くして国政の舵取りをしてもらいたいということです。(平成18年10月)

音声読み上げ機能については、日本アイ・ビー・エムの「ボイスらんど」のページ(http://www.ibm.com/jp/voiceland/)をご覧ください。