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なるほど法話 海 潮 音
社会 第15話 テロリストの考え方
本年9月11日、米国ニューヨークで同時多発テロが起きました。世界貿易センターに突っ込む旅客機の映像や、センタービルが沈み込むように崩壊する信じられないような映像は、ちょっとやそっとでは頭の中から消えそうにありません。
救助に駆けつけた消防士や警察官の方々を含め、犠牲者は六千数百人と報道されています。米国大統領はこれは戦争であるとして、タリバン政権への攻撃を開始しました。
ところで、ハイジャックした旅客機を自ら操縦してビルに突っ込むのですから、これは壮大な自爆テロですが、一体どんな考え方が彼らをそのようなテロに駆り立てるのでしょうか。
勿論、テロに訴えざるを得ない社会的理由があるのかも知れませんが、これはまた別に考えなければならない事でしょう。今は、テロに走る宗教的思想基盤について考えてみたいと思います。
今回のテロの実行犯は、イスラム原理主義者ウサマ・ビンラディン氏の率いる「アルカイダ」というテロ集団だと言われていますが、問題の「宗教的思想基盤」について、イスラムの「それ」ではなく、ヒンドゥー教の「それ」で恐縮ですが、宮元啓一著『インド死者の書』(鈴木出版、1997)を参考に考えてみたいと思います。
まず、ヒンドゥー教は神による救済を説きますが、そのための方法として、知識・行為・信愛の三種のヨーガ(専心)が説かれます。
行為のヨーガについて、ヒンドゥー教の聖典には「諸行為をブラフマン(最高神)に委ね、執着を捨てて行為する人は、罪悪により汚されない」とか、「〔行為のヨーガに〕専心した者は、行為の結果を捨て、窮極の寂静に達する」とあり、信愛のヨーガについては「たとい極悪人であっても、ひたすら私(最高神)を信愛するならば、彼はまさしく善人であるとみなさるべきである。彼は正しく決意した人であるから」などとありますので、そこには、全てを最高神に委ねることにより、或いは最高神をひたすら信愛することにより、人は救われるのであり、その際、行為の善悪や行為の結果を顧みる必要は全くない、という考えがあることになりましょう。
一方、イスラム(アラビア語でislam)とは「神への絶対帰依」の意で、これを「神の命令を進んで実践すること」と解釈するイスラム原理主義者にとって、そのためには手段を選ばないという危険性は、隣り合わせのように思われます。
独り歩きの「神への絶対帰依」は危険です。「人間の行動規範」が伴わなければなりません。しかし、それらの両立は可能なのでしょうか。(平成13年11月)
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