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なるほど法話 海 潮 音
生活 第11話 「育」と脳
鮭が死にものぐるいで川をのぼり、産卵が終わると流れにまかせて死んでいく姿をテレビなどでご覧になったことがあると思います。
卵からかえった稚魚は独力で大きくなり海に出てやがて親と同じ行動が取れるようになっています。ですから鮭、即ち魚類には親が子を育てるということは必要ないわけです。
ところが、今から二、三億年前に哺乳類が現れ、その時、大脳皮質(私たちが普通に脳と思っている部分)ができたと言われています。哺乳類は字の如く親が子を育てますから、育と脳とは関係があることが分かります。
馬の子は生まれると同時に立ち上がり歩き出します。人間の子は生まれて立ち上がるまでに約一年かかります。
脳についてはもっと大変で、脳が出来上がってから生まれるのではなく、約30%しか出来ていないのに誕生し、90%を越えるのに八歳くらいまでかかります。誕生してから脳が出来ると言った方がいいくらいです。
そしてもっと大変なことは、脳は環境を写し取るフイルムみたいなもので、八歳までのその子の環境が脳を作ります。そうして出来た脳を一生使うことになります。
狼少女の話をご存じでしょう。八歳で発見されるまで狼に育てられ、人間の言語の環境になかったため、結局、言葉を理解できないまま十五歳で死にました。
日本語の世界に生まれた私たちは別に意識しなくても日本語を上手にしゃべります。脳が環境を写し取るフイルムみたいなものと言ったのはこの意味です。
0歳から8歳までの間に本物の音楽が聴ける環境にさらされると天才的な音楽の才能が身に付くそうです。絵画や数学や運動などの才能についても同様です。澤口俊之著『幼児教育と脳』文春新書をご覧下さい。
しかし最も重要な才能は、他人との関係で自分をコントロールする才能です。このような才能を司る脳も8歳までに出来上がるわけです。
それをどうやって培うのかといいますと、澤口さんは、子ども同士、近所の人たち、親兄弟といった複雑な人間関係の中で培われるのだと言われます。
例えば、幼児期に他の子にいじめられて「うわー」と泣くしかない経験を積む中で、いやな思いに耐える脳構造が出来るのではないかと想像します。
同級生殺人の女の子の幼児期はどうだったのでしょうか。
「育てる」とは、幼児期の子どもに複雑な人間関係のある環境(実は普通の環境、言ってしまえば昔の環境)を提供してやりさえすればいいわけです。
問題は大人がそのような環境を「安全・快適・奇麗・便利」などの名の下に排除してしまっている所にあるのだと言えましょう。(平成16年7月)
音声読み上げ機能については、日本アイ・ビー・エムの「ボイスらんど」のページ(http://www.ibm.com/jp/voiceland/)をご覧ください。