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なるほど法話 海 潮 音      


人生 第8話  減速の美学    

ドイツにBMWという自動車メーカーがあります。私はBMWに乗ったことはないのですが、五木寛之氏はその乗り心地について、「あの車は減速のタッチが素晴らしいのです。ブレーキを踏んだときに、まず、グウッーと後ろから襟首をつかまれるような心地よい快感があって、それから、ビロードの布の上をすべりながら徐々にスピードを落としていくような感じがします。この感覚が非常に素晴らしい。」とある本に書いておられます。

車はアクセルだけだと危険きわまりないのでして、ブレーキがあってはじめて車の役をはたします。いわゆる「制御」です。原子力発電の制御棒、森林破壊・オゾン層破壊・大気温暖化などの制御等々、現代は制御の時代でもあります。

お医者さんの世界では、人の一生がしばしば空の旅に例えられるようです。出産が離陸に、思春期までの成長が離陸後の上昇に、青年期・壮年期が水平飛行に、中年から初老期にかけてが着陸に向かって高度を下げ始める頃に例えられます。そして人生の最後が着陸だとすれば、誰もがスムーズでショックの少ない着陸を望むことと思います。パイロットの腕の見せどころです。普通は、このパイロットがお医者さんの例えになっていますが、私はむしろ死に行く人自身の例えにしたいと思います。

ところで、人生を、離陸から着陸までの飛行に例える考え方ですが、飛行機が最も安定しているのは水平飛行の時ではなくて、着陸している時です。その最も安定した着陸時をベースに人生が考えられているところが素晴らしいと思います。

私たちは死を忌むべきものと考えていますが、それは死が墜落だと思っているからではないでしょうか。死こそ、自然に帰った最も安定した着陸状態に相当します。墜落か軟着陸かは、死すべき私たち自身の腕の見せどころといべきでしょう。そして、普通に死ぬときは臨終前に徐々に意識が無くなるわけですから、いずれも軟着陸のはずです。ただ、元気な時に自らの軟着陸の死を描ける「減速の美学」を持つ人にのみ安らかな死がおとずれるような気がします。(平成12年5月)


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