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なるほど法話 海 潮 音      
文化 第17話  「自分」とは    

 養老孟司さんの『「自分」の壁』(新潮新書)はどこか内容的に仏教と通底するものを感じます。

この本で養老さんは「自分の壁を取り払え」と仰っておられると思いますが、先ず「自分」とは何かを説かれます。

旅先で案内板の地図を見つけたとき、その地図に現在位置の矢印がなかったら、せっかくの地図も役立ちません。生物学的な「自分」とはこの「現在位置の矢印」ではないかと仰います。

人間の脳の中には「自己の領域」を決めている「空間定位の領野」と呼ばれる部位があるそうです。

その箇所を脳卒中で破損したアメリカの女性脳科学者、ジル・ボルト・テイラーさんは、その自らの体験を学問的に記述し、『奇跡の脳』(竹内薫訳、新潮文庫)という本にまとめられました。養老さんはこれに基づき「自分」=「現在位置の矢印」と仰っているわけです。

テイラーさんによれば、脳の一部である「空間定位の領野」が壊れると、形ある個体だと思っている「自分」が液体のようになり、世界と一緒になってしまう感じがするのだそうです。

地図上の現在位置を示す矢印でいえば、矢印を消すということ(脳の空間定位の領野が壊れるということ)は自分と地図とが一体化するということに相当するわけです。

要するに「自分」(形ある個体)とは脳のある部位の働きがそのように意識させているに過ぎないということになりましょう。

養老さんは更にリン・マーギュリスという女性生物学者が一九七〇年に立てた「我々の細胞は根本的には外来の原核生物がいくつも住み着いてできあがった複合体だ」という仮設を支持し、自分と外界はつながっていることを主張されています。

そして、自分と外界とを切り離し、「自分は自分」と思っていると、面倒な問題が起こることを例挙されています。

例えば、いじめなどで自殺する子どもの問題では、「自分の一生は自分だけのものだ」という考えが根底にあるのではないか。そもそも大人がそのように考え、それが子どもに伝わるのではないか。

自殺を減らしたければ「いじめが起きるのは君のせいじゃない」「君が死ぬと周りの人がどれだけ悲しむか」ということを理解させる努力をすべきだ。

また親子の問題では、団塊の世代の人々(実は筆者も団塊世代)が「老後は子どもの世話にはならない」という発言をしていると指摘され、これは「子どもの世話をしない」の裏返しで、社会全体からは危ない傾向であり、「自分の体は自分だけのもの」にもつながるとの指摘です。

 日本文化は自分を表に出さない文化でした。それが戦後、文化の違う欧米から表面的な個人主義導入によって文化的混乱を起こしているとの指摘です。傾聴すべきでしょう。(平成二十七年一月)

音声読み上げ機能については、日本アイ・ビー・エムの「ボイスらんど」のページ(http://www.ibm.com/jp/voiceland/)をご覧ください。