| 旧田中別邸 | この建物は、明治9年(1876年)に貧困士族救済のため夏みかん栽培を奨励した 萩藩士小幡高政の邸でした。 邸内には「橙園之記(とうえんのき)」 と刻んだ石碑が建っていますが、これは明治22年に小幡高政が開拓時代の苦心を誌した自宅の橙園に建碑したものです。 後に、元内閣総理大臣田中義一の別邸となり、かんきつ公園内に移設されました。 |
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| 橙園之記 | 小幡が明治23年(1890年)に、有栖川宮熾仁親王が、同園を視察した名誉を記念して建てた。 「栽培を始めた当初、冷ややかな眼で見られていたが、今は萩の名産となった。長く保護して、この名誉を落とさないように・・・」と言った内容で、夏みかん栽培を手がけた時の苦労や名産品として育つまでのいきさつを記してある。 |
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| かんきつ公園 | 萩では夏みかんのことを「だいだい」と呼びます。夏みかん栽培発祥の地。 5月には夏みかん祭りが開催されます。夏みかんの花の甘い香りが漂い、 晩秋から黄色く色づきます。 現在、夏みかん約100本をはじめとする柑橘類10種約370本が植えられています。 |
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| 鍵曲がり | 道が直角に曲がり、見通しの悪い 鍵曲がりが続き、敵の侵入を防ぐ工夫がされている。 この鍵曲がりは、堀内とこの平安古の2ヶ所でみることが出来る。 |
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平安古地区
橋本側沿いにある平安古は、三角州の開墾が進むにつれて
多くの武士が屋敷を構えるようになった。武家屋敷の遺構も各所に見られ、
昭和51年には「重要伝統的建造物郡保存地区」に選定された。